最近よく「愛着障害」という言葉が聞かれるようになりました。DSM-5にも記述されている、心理的な課題の一つです。

生後9ヶ月、あるいは3歳までの間に、母親と形成される関係があり、これを愛着形成といいます。
赤ちゃんは自分ひとりで生きる力がありませんから、親に守ってもらう必要があります。赤ちゃんにとって、親は神のような存在です。 もし、親に冷たくされたならば、赤ちゃんは不安でたまりません。なんとかして親の愛を得ようとします。

ある女性Aさんのケースで見てみましょう。
Aさんが生まれた直後、彼女の両親の関係は必ずしもよいものではありませんでした。母親は不安や悲しみを抱え、気持ちに余裕がありませんでした。この母親は、赤ちゃんであったAさんのことを確かに愛してはいたのかも知れませんが、一方で、現実的には、十分な愛情を持って接することはできませんでした。
Aさんは、親から適切な愛情が与えられないことで愛着形成ができず、思春期を迎える頃から人間関係に悩むようになります。些細なことで不安を強く感じてしまったり、他人に受け入れられようと多少無理をしてでも相手に合わせたりしました。常に心にどこか寂しさ感じ、過剰に他人からの見られ方を気にしたり、人の顔色をうかがい続けました。また、否定的な評価に過敏で傷つきやすく、他人に対して依存的になる側面も強くありました。こうした性格や行動は、高校、大学、社会人でも続き、様々な形で生きづらさを感じるようになりました。Aさんは、確かに周りの顔色をうかがってはいますが、本当に相手のために行動しているかというと、やはり自分のためでしかないということも自覚しています。

Aさんは、自分が相手に受け入れられたと感じ、気を許せるようになると、今度はダムが決壊したようにわがままをいいます。このわがままは、赤ちゃんの頃に親に対して取れなかった態度が大人になってから出ていると見ることができます。自分が全面的に受け入れられなかった経験から、全てを受け入れて欲しいという思いがあふれ出てしまうのです。大人というのは、本来、自立、すなわち自分一人で立って生きるべき存在です。しかし、愛着障害の人は、自分が愛されること、傷つかないことが至上命題となり、それゆえ、自分の生きる軸が、自分ではなく周囲の他者になってしまうのです。Aさんは、とにかく愛されることを望んでいましたが、同時に、そういった生き方を変えたいという気持ちもあり、葛藤を抱えていました。

適切な愛着形成が行われたか否かは、記憶のない時期のことなので本人は自覚できません。そのため、本人は「自分は親に愛されていた、大切にされていた」と認識していることが一般的です。Aさんも「自分は母に愛されていたし、自分も母のことが好きだ」と言いますが、本当に愛されていたならば、わざわざ「私は愛されていた」と言葉にして強調することはないのです。
また、母親はAさんの出産後、彼女を大切にしようと母親なりに精一杯努力をしていたとは思いますが、実際的な環境としては、時間的、精神的な余裕が十分ではなかったのでしょう。結果として、赤ちゃんとしては満足するだけの優しさを得られなかった、ということにならざるを得ません。

カウンセリングの中で、記憶の巻き戻しが起きた際、ひとつひとつの事柄を見ていくと、大人になった今なら親の事情にも理解を示せる部分があったとしても、当時の幼子にとってはつらい体験であったり、悲しい記憶であったりすることがよくあります。普段は本人が思い出そうとしても、”防衛”という心の機能が働いて、つらい思い出すことができないのですが、カウンセリングは非日常的な時間・安心の場所であることから、記憶が蘇ることもよくあります。

ただし、こうした記憶は、ただ思い出せばよいというものではありません。防衛はその人の心を守るための大切な機能であり、カウンセラーが安易にクライエントの防衛を外せば、蘇った記憶によってクライエント自身が深く傷ついてしまうこともあります。ですからカウンセラーであれば、巻き戻しには慎重になるものです。愛着障害は、相性の合うカウンセラーとのカウンセリングを繰り返すことで、穏やかに克服されていきます。逆に言えば、短い期間で回復するなど過度は期待をしたりさせたりすることなく、少しずつ取り組んで行く必要があります。

※愛着障害のカウンセリングはある程度回数を要することをご了承の上で来談頂ければと思います。